dimarts, 19 d’abril de 2011

ラモンのルンバ史講座-前編

ペレのインタビューに立ち会ってくれたRamon Grauラモン・グラウは、Los Manolosロス・マノロスのドラマーとして90年代のルンバ黄金時代を過ごした。ペレに続くルンバの第二世代に属する人物だ。現在もルンバ・カタラーナの情報サイトCalarumbaカラルンバの管理人、バンドRumba Tarumbaルンバ・タルンバのドラマーとしてルンバに変わらぬ情熱を傾けている。そんな彼にルンバの歴史を語ってもらった。

©Kan Kanbayashi
-現在、若い人たちにルンバ・カタラーナが注目されているようですね。
とは言っても、実際のところはバルセロナでも、思ってるほどみんながルンバ・カタラーナを聞いてるわけじゃない。ここ数年注目を浴びてはいるけど、シャキーラみたいにみんなが聞いてる音楽ではないね。いろんなジャンルの音楽がある中で、一つのジャンルとして聴かれている。
-再注目されたきっかけはなんですか?
ルンバの歴史はは浮き沈みを繰り返しているから、少しルンバの歴史をさかのぼってみようか。まず、ペレやLos Aamayaロス・アマヤの活躍で60〜70年代にルンバ・カタラーナは最初の全盛期を迎える。この時代はフランコの独裁政権下だったんだが、フランコはスペインの文化をアピールすることに熱心で、スペイン文化を代表するものの一つとしてフラメンコを優遇していたんだ。

その当時はまだルンバ・カタラーナという名前では呼ばれておらず、ペレがやっている音楽はフラメンコの一部として受け止められていた。だから、ペレが広く一般大衆に受け入れられたのも、ある程度はフランコの優遇措置の恩恵という側面があるんだ。
ところが、カタルーニャはカタルーニャ語の禁止を始めとして、フランコ政権にはひどい目にあわされているから、やっぱりフランコに対してはアンチなんだよね。だから、ルンバ・カタラーナがフランコと結びついてしまったことによって、ここカタルーニャではルンバ・カタラーナに対する嫌悪感みたいなのが生まれることになった。
こうして、70年代の終わりにカタルーニャにおいて、人々の気持ちがルンバから離れていった時に、los Chichosロス・チチョスとかLos Chunguitosロス・チュンギートスの登場で、今度はマドリッドでルンバが盛り上がった。彼らのルンバはKinkyキンキと呼ばれる犯罪者の若者と結びついてたことから、ルンバが犯罪者の音楽とみなされるようになる。
そんな風だったから、その頃10代だった私もルンバに対して抵抗があって、ほとんど聞いてなかった。「ルンバは古いものだ」という感覚もあったし、80年代はみんなローリング・ストーンズやビートルズを聴いていて、ルンバには目もくれていなかったよ。
このルンバが忘れ去られていた80年代に、アルゼンチン生まれのGato Perezガト・ペレスが現れる。彼が忘れ去られたカタルーニャのルンバを再発見して、中にいる人、つまりカタルーニャの人々が知らなかった事実、ルンバがバルセロナ生まれの音楽だってことに最初に気づいたんだよ。だから、現在ルンバ・カタラーナが、ひとつの音楽ジャンルとして確立しているのは、ガトのおかげというわけさ。

また、ガトはとても頭が良かったから、『ルンバ・カタラーナはバルセロナの音楽』というのを理論で伝えるんではなく、歌詞の中に取り込んで伝えるという手法を取った。例えば『Rumba de Barcelona』はルンバの定義付けたものだし、『El Ventilador』はベンティラドール奏法を歌ったものだというようにね。それまでルンバの歌詞っていうのは、ジョークとかふざけたものが多かったんだけど、ガトがルンバの歌詞に文学性を持ち込んだんだ。
ルンバ・カタラーナの歴史をロックの歴史に喩えてみると、ペレはルンバ・カタラーナのエルヴィス・プレスリー。ペレのもう少し前の世代でベンティラドールを発明したとも言われるペスカィーヤがチャック・ベリー。チャック・ベリーが始めた音楽をエルヴィス・プレスリーが広めただろ? ペスカィーヤとペレの関係はそんな感じだ。
そして、フォークになった時に歌詞に文学性を持ち込んだボブ・ディランがガト・ペレス。アコースティック・ギターがメインだったルンバに、エレキを持ち込んで完全にロックの編成でルンバを演奏したロス・マノロスが、セックス・ピストルズみたいなもんだね。  
反フランコからカタルーニャでは一種のタブーとなっていたルンバを救い上げたのは、ガト・ペレスなんだけど、実際にはそんなにアルバムも売れず注目も集めなかった。その後、ロス・マノロスが商業的に大成功したことによって、そのタブーが解かれて、カタルーニャでもルンバ・カタラーナが再び聞かれるようになったんだ。
後編に続く)

*ルンバの歴史についてはこちらの記事もご参照ください 。