divendres, 24 de setembre de 2010

ラ・トロバ・クンフーと過ごすメルセ〜La Mercè amb La Troba Kung-fú

昨日(9/23)からバルセロナ市のFestes de la Mercèメルセ祭りが始まりました。バルセロナ市の守護聖人メルセを祝うお祭りで、日曜までは市内各所でイベントが目白押し。カタルーニャの伝統行事からコンサートやダンス、ワークショップまで、そのほとんどが無料で楽しめます。

フェスタのための音楽ルンバ・カタラーナのミュージシャンたちも大忙しで、昨日だけでもLa Troba Kung-Fú、La Pegatina、Pantanito、Los Impagaos、Txarly Brown DJ、Banda Achilifunkと6つもルンバ関連のライブがありました。その中でも、こよなく愛するバルセロナのお祭りとあって、勢力的に活動していたのがラ・トロバ・クンフーの面々。今回はそんな彼らのメルセをレポートします。

まずは、7時からラバル地区にあるBar el Mariacchi バル・エル・マリアッチとラ・トロバが共同で作ったワインClavell Morrenetクラベイ・ムラネ(黒いカーネーションの意味)の試飲会がありました。

©S.NORI
アットホームな雰囲気の中、ワインが振る舞われていい感じになったところで、Joanジョアンのアコーディオンを中心としたアコースティック・セットで10曲ほど演奏。ベンティラドール担当のMuchachoムチャチョが欠席だったためルンバ色は弱冠薄めでしたが、しっかりとガト・ペレスの曲もやっていました。『次は10時半からカタルーニャ広場だからね〜』と上機嫌でバルを後にするラ・トロバの面々。 

その言葉通り、10時半からはメルセ祭りのメイン会場カタルーニャ広場で、ニューアルバム『La Pantxa del Bou(牛のお腹の意味で、カタルーニャで良く知られた漫画にちなんだもの)』の発売記念ライブが行われました。

実は5/5にも新譜発表の名目でライブが行われていたのですが、プレスが間に合わなかったようで、会場ではこちらの映像に映ってるCDRに焼いた手作り感たっぷりの簡易版が5ユーロで販売されていました。
 

この映像では50枚しかない限定版と紹介されていてちょっと笑えます。ちなみに、紙のジャケットには『Auesta serà el nou disc de La Troba Kung-Fú que trabareu a les botugues d'aquí uns dies(これが近日中に店頭に並ぶ新譜です)』と書かれています

その後完成版が無事店頭に並び、今回の改めて発売記念ライブとなったわけです。会場のカタルーニャ広場はバルセロナの中心にあるので、アクセスも抜群。若い者からお年寄り、バルセロナ市民から観光客まで様々な層の人々が集まって、開始予定時刻にはほぼ一杯。

©S.NORI

定刻を少し過ぎた頃に始まったライブは、新旧ほどよく織り交ぜた選曲で、アンコールまで入れてざっと2時間。この前にムチャチョなしの演奏を聞いていたせいか、彼のギターのパワーを再認識しました。『ベンティラドールはエンジン』とは良く言ったもの。たったギター一本なのに、ベンティラドールが入るだけで一気にヒートアップするんですよね。また、べたべたのクンビアをやっても、ルンバのテイストを失わないのは彼のベンティラドールがあるからこそ。どんなジャンルの曲をやってもカタルーニャらしさを失わないジョアンとムチャチョのコンビは最強ですね。

©S.NORI
途中でPapawaパパウワのSamサムやSabor de Graciaサボール・デ・グラシアのボーカルSicusシクス、 ムチャチョの実の弟のフラメンコダンスなど、次から次へとゲストが現れ、賑やかなライブになりました。また、今回は赤と緑のドレスを纏って優雅にコロンビアの民族ダンスを踊る二人の美女の登場もあって、お祭りムードも倍増。

©S.NORI
確実に雨が降るだろうという大方の予想を裏切り、途中す雨粒が落ちた瞬間があったものの、最後まで持ちこたえてくれました。この後、ムチャチョは1時半からのBanda Achilifunkバンダ・アチリフンクに参加するため、El Formまで向かいましたが、私のレポートはここで終了。Visca La Rumba!!
 

divendres, 17 de setembre de 2010

ルンバ講座12『ルンバとメスティサヘその2』

コロンブスが新大陸を発見して以降、スペインは長い間、外国へ移民を送り出す側の国でした。そのため、バルセロナにおいても長い間、移民と言えばアンダルシアやムルシアから北上してくる国内移民のことでした。
1992年のバルセロナ・オリンピック開催を契機に、こうした状況が大きく変わり始めます。オリンピック景気に沸くバルセロナに、外国からの移民の姿が見られるようになったのです。オリンピック景気が終息すると、今度はユーロ景気。1999年の通貨統一を目指すEUは、域内の経済的不均衡を是正するために、経済的に立ち遅れていた地域に補助金を出す政策を取り、スペインもその恩恵を受けることになりました。
経済の活性化とともに、EU域内における人の移動の自由が、スペインに国外から流入する移民の数を急激に増加させました。ヨーロッパを目指す移民たちにとってスペインがヨーロッパへの扉となったからです。植民地時代から深い関わりのあるラテンアメリカの経済危機や、地理的に近いアフリカ大陸での数々の紛争も、移民の増加に拍車をかけました。こうしてスペインは短期間で移民を送り出す国から、移民を受け入れる国へと変貌したのです。
スペインの社会の変化を反映して、1990年代半ばのバルセロナはヨーロッパを代表するコスモポリタンとなっていました。多種多様な文化が共存する状況の中で、様々なジャンルの音楽の要素を取り入れながらも、ルンバを意識した音楽活動を行うグループが、若い世代から姿を現し始めます。 

 アコーディオンでルンバを奏でるDusminguetsドゥスミンゲツTroba Kung-fúトロバ・クンフーJoan Garrigaのグループです。1998年発売の1stアルバム「Vafalingo」から。

メッセージ性の強い歌詞を個性的なボーカルで表現するMacacoマカコ。1999年発売の1st「El Mono en el Ojos del Togre」から。


そして、ルンバにターンテーブルを持ち込んだOjos de Brujoオホス・デ・ブルホ。2001年発売の1st「Vengue」から。

こうしたグループの登場によって、ルンバ・カタラーナが再び注目を集めるようになります。この流れを象徴するのが、2000年に発表されたペレの『El Rey de la Rumbaルンバの王様』。若い世代のグループをゲストに迎えて、ペレが自らの代表曲をカバーするセルフカバーアルバムです。私がペレを知りルンバにはまったのも、このアルバムの発売直後にTVでPVを見たのがきっかけでした。

Jarabe de Palo&Elena Andújar、El Gran Silencio、Estopa、 Los Enemigos、Carlos Jean、Tonino Carotone&Mastretta、Amparanoia、 Dusminguet、David Byrne y Carol C、Malou& Nilo、 Macaco&Ojos de Brujo、Professor Angel Dust、Sargento García、そしてFermin Muguruzaという参加ミュージシャンの顔ぶれを見ると、メスティサヘシーンへのペレとルンバ・カタラーナの影響の大きさが伺えます。

日本での知名度はいまいちなのですが、スペインの一般の若者層へのルンバ浸透に、大きな功績を果たしたのが、このアルバムにも参加しているEstopaエストパ。彼らはバルセロナ近郊の都市Cornellàコルネリャの出身の兄弟デュオで、キンキ(詳細はこちらを参照ください)の直系のルンバを前面に出したデビューアルバムが大ヒットしてから早10年、安定した人気で国民的バンドの地位を不動のものにしています。刑務所を出るところから始まるこのPVは、キンキ映画へのオマージュ。


こうして、現在メスティサヘやバルセロナ・サウンドと呼ばれるシーンが形作られていったのです。