divendres, 17 de setembre de 2010

ルンバ講座12『ルンバとメスティサヘその2』

コロンブスが新大陸を発見して以降、スペインは長い間、外国へ移民を送り出す側の国でした。そのため、バルセロナにおいても長い間、移民と言えばアンダルシアやムルシアから北上してくる国内移民のことでした。
1992年のバルセロナ・オリンピック開催を契機に、こうした状況が大きく変わり始めます。オリンピック景気に沸くバルセロナに、外国からの移民の姿が見られるようになったのです。オリンピック景気が終息すると、今度はユーロ景気。1999年の通貨統一を目指すEUは、域内の経済的不均衡を是正するために、経済的に立ち遅れていた地域に補助金を出す政策を取り、スペインもその恩恵を受けることになりました。
経済の活性化とともに、EU域内における人の移動の自由が、スペインに国外から流入する移民の数を急激に増加させました。ヨーロッパを目指す移民たちにとってスペインがヨーロッパへの扉となったからです。植民地時代から深い関わりのあるラテンアメリカの経済危機や、地理的に近いアフリカ大陸での数々の紛争も、移民の増加に拍車をかけました。こうしてスペインは短期間で移民を送り出す国から、移民を受け入れる国へと変貌したのです。
スペインの社会の変化を反映して、1990年代半ばのバルセロナはヨーロッパを代表するコスモポリタンとなっていました。多種多様な文化が共存する状況の中で、様々なジャンルの音楽の要素を取り入れながらも、ルンバを意識した音楽活動を行うグループが、若い世代から姿を現し始めます。 

 アコーディオンでルンバを奏でるDusminguetsドゥスミンゲツTroba Kung-fúトロバ・クンフーJoan Garrigaのグループです。1998年発売の1stアルバム「Vafalingo」から。

メッセージ性の強い歌詞を個性的なボーカルで表現するMacacoマカコ。1999年発売の1st「El Mono en el Ojos del Togre」から。


そして、ルンバにターンテーブルを持ち込んだOjos de Brujoオホス・デ・ブルホ。2001年発売の1st「Vengue」から。

こうしたグループの登場によって、ルンバ・カタラーナが再び注目を集めるようになります。この流れを象徴するのが、2000年に発表されたペレの『El Rey de la Rumbaルンバの王様』。若い世代のグループをゲストに迎えて、ペレが自らの代表曲をカバーするセルフカバーアルバムです。私がペレを知りルンバにはまったのも、このアルバムの発売直後にTVでPVを見たのがきっかけでした。

Jarabe de Palo&Elena Andújar、El Gran Silencio、Estopa、 Los Enemigos、Carlos Jean、Tonino Carotone&Mastretta、Amparanoia、 Dusminguet、David Byrne y Carol C、Malou& Nilo、 Macaco&Ojos de Brujo、Professor Angel Dust、Sargento García、そしてFermin Muguruzaという参加ミュージシャンの顔ぶれを見ると、メスティサヘシーンへのペレとルンバ・カタラーナの影響の大きさが伺えます。

日本での知名度はいまいちなのですが、スペインの一般の若者層へのルンバ浸透に、大きな功績を果たしたのが、このアルバムにも参加しているEstopaエストパ。彼らはバルセロナ近郊の都市Cornellàコルネリャの出身の兄弟デュオで、キンキ(詳細はこちらを参照ください)の直系のルンバを前面に出したデビューアルバムが大ヒットしてから早10年、安定した人気で国民的バンドの地位を不動のものにしています。刑務所を出るところから始まるこのPVは、キンキ映画へのオマージュ。


こうして、現在メスティサヘやバルセロナ・サウンドと呼ばれるシーンが形作られていったのです。